『車谷長吉句集』

『車谷長吉句集』

『車谷長吉句集』

車谷長吉さんの作品を読むようになったのは、最初の作品集『鹽壺の匙』にひどく感激したからです。そのあとがきに書かれている「詩や小説を書くことは救済の装置であると同時に、一つの悪である。(中略)凡て生前の遺稿として書いた。書くことは狂気である」という言葉に大いに刺激を受けてしまいました。それからは彼の作品を読むようになったのです。

湯川書房から、車谷さんの『抜髪』『車谷長吉句集』『蜘蛛の巣』『車谷長吉恋文絵』の4冊が出版されていて、私はいずれも高槻市にある書肆R.R.から購入しています。いつ頃だったでしょうか、書肆R.R.から送られてきた古書目録を見て、すぐさま未綴じ、署名箋付きの『車谷長吉句集』を注文しました。この未綴じ本は湯川書房と昔から縁の深かった書肆R.R.店主が入手され、目録掲載となったと思われます。

製本家の原井栄子さんと知り合ったのは、2008年福岡で開催されていた豆本の展覧会だったと記憶しています。その後原井さんはイタリアに渡り、リミニ在住の製本家ルイジ カスティリオーニさん(Luigi Castiglioni)のアトリエで製本の修業をしました。修行中の2011年4月に私は彼女にルリユールして欲しい本を2冊送りました。その内の1冊が本書です。そして夫婦函に入ったルリユール本が届いたのは、その年の暮れのことでした。

しっかりした夫婦函を開けると、濃淡の赤染め山羊革でモザイクによる正方形が黒染め山羊革表紙の中央にオンレイされています。この赤は車谷さんの「狂気」を思い起こさせる色だと思います。表紙側の見返しには山羊革が、本文側にはスウェードが使用されていて、重厚な三段装となっています。中表紙前には2005年神保町で開催された「車谷長吉俳句墨書展」会場で私が撮影した写真が綴じ込まれているほか、車谷さんの著書のために作ってもらった林美紀子さんの木版蔵書票が貼られています。

私は車谷さんの次の二句が大好きです。

秋の蠅忘れたきこと思ひ出す
鴫焼きの茄子の尻喰うをなごかな

原本書誌
・著者:車谷長吉
・発行者:湯川誠一
・装幀:加川邦章
・発行所:湯川書房
・印刷:創文社
・製本:神戸須川バインダリー
・体裁:本分二色刷
・表紙:紬着地とモロッコ革による継表紙
・サイズ:h197×w155×d15mm
・スリップケース:h202×w158×d23mm
・発行部数:100部
・出版年:2000年5月30日

ルリユ―ル : 原井栄子
・綴じ込み作品:口絵に車谷長吉の写真(2005年の俳句墨書展会場にて)
・仕様: 総革装
・製本形態: パッセ カルトン
・綴じ:本かがり綴じ
・表紙: 山羊革、山羊赤染革オンレイ
・表紙内側見返し: 山羊革
・見返し:スウェード
・天装飾:天石墨染め
・はなぎれ:三段編み
・サイズ:h193×w155×d18mm
・夫婦函:h220×w180×d42mm
・制作年:2011年

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『夢の半周』

『夢の半周』

『夢の半周』

アルフォンス イノウエさんの詩画集『夢の半周』は、レイミア プレスからオリジナル版を2008年に、印刷版をワイアートギャラリーとの共同で2010年に出版しました。元々レイミア プレスはこの詩画集を出版するために2007年2月に設立したものです。オリジナル版の企画は2006年ですから出版までに約3年掛かったことになります。フランスとイギリスの詩人による13篇の詩に、アルフォンスさんがイメージを喚起されて制作した17点のオリジナル銅版画と表紙・目次・奥附の小版画3点を加えた計20点を、原詩と和訳を印刷したトレーシングペーパーと共に未綴じで特別収納函に納めて出版しました。発行部数が25部と僅かだったために、たちまち満席となりました。再発行を希望する人が続出したため、ワイアートギャラリーと共同でオリジナル版画を1点入れて印刷版として60部出版することとしました。本書の印刷は岡山の中野コロタイプに依頼しましたが、アルフォンスさんがその印刷の出来栄えを大いに気に入り、その後『作品集』も同所で印刷することとなります。

印刷版の未綴じ本をルリユ―ルするに当たり、アルフォンスさんの銅版画を3点追加して綴じ込んでもらいました。依頼してから待つこと5年。待ちに待った「出来ましたよ~!」という連絡で、早速羽田野麻吏さんのアトリエを訪ねました。

例のごとく保護函を開けると、黒布で覆われた夫婦函には英文タイトル「MY DREAM HAS COME TO A HALF WAY」が金箔押しされ、その下には金線箔押しの曲線が描かれています。夫婦函を開いて分かったのですが、この曲線は表紙のデザインを思い起こさせるように配慮されているようです。表紙は全体を仔牛革の薄いクリーム色のパーチメントで包まれ、そこにイカロスあるいはスフィンクスの翼と思われる形状の染め紙が貼り込まれています。背を中心に表と裏の表紙を広げると、この本が翼を広げていまにも飛び上がりそうな錯覚を覚えるのは私だけでしょうか。表紙をめくると薄水色の豚革に再び蜥蜴革の翼が現れて飛翔をうながしているようです。いつものことですが、羽田野さんには私の想像をはるかに超えた装幀デザインで驚かされてしまいますが、私にはそれを期待している面も大いにあるように思います。

原本書誌
・著者:アルフォンス イノウエ
・付属作品:新作オリジナル銅版画「クリスタベル12」を巻末に綴じ込み
・装幀:角背上製本、アルフォンス イノウエのデザインによるハードカバー
・サイズ:h275×w240×d12mm
・スリップケース: h281×w242×d18mm
・発行:レイミア プレス & ワイアートギャラリー
・レイアウト:平野奈巳
・発行部数:60部
・出版年:2010年11月20日

ルリユール:羽田野麻吏
・綴込み作品:アルフォンス イノウエによる銅版画2葉、蔵書票1葉
・仕様:総革装
・製本形態:パッセ カルトン
・綴じ:本かがり(麻紐支持体5本)
・表紙:パーチメントに仔牛革と染め紙・蜥蜴革・パラジウム箔押しのデコール
・表紙内側見返し:豚革に蜥蜴革とパラジウム箔押しのデコール
・見返し:染め紙
・はなぎれ:5色絹糸三段編み
・箔押し:中村美奈子
・サイズ:h271×w238×d17mm
・夫婦函:h285×w250×d25mm
・制作年:2018年

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『断 片』 Ⅰ、Ⅱ

『断 片』 Ⅰ、Ⅱ

『断 片』 Ⅰ、Ⅱ

野呂邦暢さんは長崎県は諫早市の出身で、郷里に住みながら作家活動をしていましたが、1979年に42歳で急逝されました。私の郷里は諫早市に近い島原市でしたので、郷土の作家として野呂さんの作品を愛読していました。亡くなる少し前にはお便りをいただいたりして、これから親交を深めてゆきたいと思っていた矢先の逝去でしたので、訃報を聞いて私は愕然としました。それからはそれまで以上に野呂さんにのめり込んでゆきました。自筆限定本や署名本を求めたり、果ては自筆原稿や自筆書簡まで蒐集するようになりました。その結果、幸運にも未発表原稿を入手することが出来、文遊社の『野呂邦暢小説集成』に収録されることとなりました。それまで蒐集してきた多種多様な野呂さん関係資料がかなり増えてきたので、ここらで一区切りつけるために纏めて製本してもらうことを計画しました。

今回は、Les fragments de M (frgm)のホームページに掲載されているクラシックスタイルのパッセ カルトンの定型半革装のうち両袖装のデザインでお願いすることとしました。frgmは3名の製本家と1名の箔押し師のユニットなので、誰が製本を担当するかは私には分かりませんでしたが、製本は羽田野麻吏さん、箔押しは中村美奈子さんが担当することとなりました。

しぼがきれいな濃い紫染の山羊革とfrgmのために特別に染められた黄土色の染め紙が表紙を彩っており、見返しの濃い焦げ茶の染め紙と相俟って、大変重厚感のある装幀となっています。資料が多かったために二分冊となり、ケースは二冊を一緒に収めることが出来るように、これまであまり見たことのない二連スリップケースとなっています。製本のしやすさなどを全く考慮しないで少し厚めの紙に印刷をしてしまったにもかかわらず、しっかりと製本していただいたので大いに満足している一冊です。

原本書誌
・著者:野呂邦暢
・発行:レイミア プレス
・レイアウト:江副章之介
・サイズ:h297×w210mm
・発行部数:1部
・出版年:2013年

ルリユ―ル : 羽田野麻吏
・綴じ込み作品:松原邦光、大川信夫、Albin Brunovsky、利渉重雄、林由紀子、Katarina Vavrova、辻憲、渡辺栄一の版画のほか、野呂邦暢の自筆原稿、手紙、はがき、著書目録、書影など関係資料
・仕様:半革両袖装
・製本形態:パッセ カルトン
・綴じ:本かがり(麻紐支持体5本)
・表紙:山羊革と染め紙(corylus bis.)
・見返し:染め紙(corylus bis.)
・はなぎれ:3色絹糸三段編み
・箔押し:中村美奈子
・サイズ:Ⅰ:h263×w190×d32mm Ⅱ:h263×w190×d35mm
・二連スリップケース: h266×w194×d75mm 手染め紙貼り
・制作年:2013年

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『坂東壯一蔵書票集』

『坂東壯一蔵書票集』

『坂東壯一蔵書票集』

レイミア プレス4冊目の出版物です。特装版に新作蔵書票5点を綴じ込むために5名の票主を募集し、テーマを提示してもらい坂東さんに作っていただきました。票主の希望のテーマはそれぞれ「DON QUIXOTE」「ダイヤモンド」「湿原の蘭」「旅の終り」「MEMENTO MORI」でした。「蔵書票が完成したら、下絵はすべて廃棄する」と言われたので大いに驚き下絵も提供していただき、票主に渡したところ大変喜んでもらいました。今回も羽田野さんにルリユ―ルをお願いしました。

白段ボールの保護函を開けると黒を主体とした染め紙と茶と黒の模様の染め紙が貼られている夫婦函が現れます。その上にレモン形の黒染め紙に作家名とタイトルが金箔押しされて光っています。それを見ると次に現れる書物全体の様相が想像されるようです。夫婦函を開けると表紙全体が黒に染められたしぼの美しい山羊革で包まれ、表表紙には幻想的で不思議な形状が胃袋革と蜥蜴革と染め紙でデザインされているのが目に入ります。このデザインのテーマは「MEMENTO MORI」だとお聞きしました。表紙を開くと落ち着いたグレー系の仔牛革と茶系の染め紙による見返しです。色とりどりの糸で編み込まれた三段のはなぎれが彩りを添えてくれています。

羽田野さんのルリユ―ルは表紙のデザインだけではなく見返しにも見所があります。私は素人なのでよく分かりませんが、ひと工夫もふた工夫もされているように思えます。保護函から出し夫婦函を開いて本体を初めて見た時、そして表紙をめくって見返しを見た時の依頼者の驚きの顔や、満足して悦に入った顔を思い浮かべながらデザインされているのではないか、と私は勝手に想像してしまいます。要するにルリユールとは、書物の表紙、見返し、はなぎれ、小口装飾、それを包むシュミーズ、スリップケース、夫婦函など、その書物全体を一つの美しいオブジェへと変身させる総合的なビブリオ アートだといえるのではないでしょうか。

坂東さんには今回のルリユ―ルに綴じ込むために、これまで作っていただいた私の蔵書票を特別に刷ってもらい、おまけに手彩色までしていただきました。もちろん「MEMENTO MORI」の下絵のほかに坂東さんのイニシャルを手描きしたロゴも併せて綴じ込んでもらっています。素敵なルリユ―ル本がまた一冊本箱に加わりました。

原本書誌
・著者:坂東壯一
・付属作品:坂東壯一オリジナル蔵書票5葉
・版画集撮影:江副良介
・組版:中島悠子
・レイアウトと製本:北見俊一
・印刷:イニュニック
・発行所:レイミア プレス
・サイズ:h263×w188×d26mm
・スリップケース:h270×w193×d35mm
・発行部数:25部
・出版年:2014年3月15日

ルリユ―ル : 羽田野麻吏
・ルリユ―ル綴じ込み作品:坂東壯一による手描きロゴ、蔵書票下絵、銅版蔵書票3葉
・仕様:総革装
・製本形態:パッセ カルトン
・綴じ:本かがり(麻紐支持体5本)
・表紙:山羊革に染め紙と胃袋革・蜥蜴革によるデコール.
・表紙内側見返し:仔牛革
・見返し:染め紙
・はなぎれ:7色絹糸三段編み
・箔押し:中村美奈子
・サイズ:h265×w190×d25mm
・夫婦函:h276×w201×d35mm
・制作年:2016年

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『プシュケの震える翅』

『プシュケの震える翅』

『プシュケの震える翅』

本書はレイミア プレスの3冊目の出版物です。私が林由紀子さんを知ったのは、インターネット上で彼女の作品『四つの時の扉』『夢の領域』を見つけた2004年12月のことでした。彼女の蔵書票作品に魅せられた私はそれから多くの蔵書票を依頼しました。林さんは坂東壯一さんに銅版画の指導を受け、坂東さんとは異なるエングレーヴィングの技法で作品を作っています。彼女は「作家」と言うよりも「職人」と言った方が相応しい人です。それは、作品に対する一途な気持ち、「やる」と言ったら期日までに必ずやり遂げる気質は「職人」そのものです。今でもデッサン教室に通ったり、ヨーロッパの美術館に行き充電したりしていることからも分かります。知り合ってから5年。彼女の蔵書票作品が100点を超えたので、高輪の啓祐堂ギャラリーでの個展開催を機に蔵書票集を出版することにし、その時の未綴じ版をルリユールすることにしました。

ルリユ―ルするに当たっては、これまで何度か個展会場でお目に掛かった ATELIER CORYLUS の羽田野麻吏さんにお願いすることとしました。そして林さんには新たに蔵書票と水彩画2点をお願いし、それらを綴じ込んでもらいました。お願いして1年以上経った頃にルリユール完成の連絡をいただき早速羽田野さんのアトリエに行きました。

ドキドキしながら保護函を開けると、雲母の入った染紙の夫婦函が目に飛び込んできました。アトリエのライトに反射した雲母で目がくらくらしました。チョコレート色の不思議な形の革の横に、作者名とタイトルが金箔押しされています。「うーん!」と唸りながら夫婦函を開けると、数種類の革でレイアウトされた表紙が現れました。広い面積を占めているのは象牙色のヴェラムのようです。ヴェラムの上に重ねて貼られている革の種類が分かりません。仕様を見ると蛙の革とのことです。背の部分はその模様から蛇革のようですが、なんという蛇なのでしょうか。表紙を開くと豚革と染紙による見返しです。染紙は銀色に輝き、再び私の目をくらくらさせます。それにしても手の込んだ凄い本が出来上がったものです。手に取るとその心地よい重さと手触りに息をのむばかりです。期待をはるかに超えた見事なルリユ―ルが出来てきたのでした。

原本書誌
・著者:林由紀子
・付属作品:オリジナル手彩色銅版蔵書票10葉(ルリユ―ル本には綴じ込まれていない)
・発行者:江副章之介
・装幀 & レイアウト:中村利夫
・発行所:レイミア プレス
・印刷:モリモト印刷株式会社
・製本:株式会社エイワ
・サイズ:h304×w215×d15mm
・夫婦函:h324×w230×d27mm
・発行部数:55部
・出版年:2010年7月1日

ルリユ―ル : 羽田野麻吏
・綴じ込み作品:林由紀子による水彩画2葉、手彩色銅版蔵書票5葉
・仕様:総革装
・製本形態:パッセ カルトン
・綴じ:本文中綴じ足付き及びテープ入り平綴じ
・表紙:パーチメントにヴェラムと蛙革、蛇革に焼き箔のデコール
・表紙内側見返し:豚革
・見返し:染め紙
・箔押し:中村美奈子
・サイズ:h300×w220×d23mm
・夫婦函:h313×w233×d31mm
・制作年:2012年

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