ルリユールの愉しみ

​ルリユールとは、書店で販売されている書籍や製本前の未綴じ本などを製本家に依頼して特別に装幀し製本した書籍のことをいいます。
我が家にあるフランス語の辞書によりますと、ルリユール(reliure)とは「1製本;製本技術 2[革]装丁;表紙 用例 ~ pleine 総革装丁」と記載されています。わが国で「ルリユール」と言えば、「装飾製本」「工芸製本」「装幀芸術」などといわれ、街中の書店に並ぶ書籍とは一線を画しているように思われます。

私が具体的にルリユールされた素晴らしい本を目にしたのは、1995年春に製本家大家利夫さんのアトリエをお訪ねした時でした。この時のことは別稿に書いていますのでここでは省略しますが、このアトリエ訪問を契機として、私はすっかりルリユールに魅せられてしまいました。

小さい頃から本好きだった私の周りには、いつもたくさんの本があり、幼いころは文字が印刷されていさえすればどのような本でも良い、と乱読していました。更に、高校時代には部活として図書部に所属し、図書室に付属していた部室に入り浸って何冊も借り出しては、夢中になって読んだ3年間を過ごしました。長じて社会人となり家庭を得たのちも、書籍や画集の収集はさらに勢いを増して狭いマンションが多くの本で埋まり、家族の顰蹙を買うこともしばしばでした。

そんな私が50歳を過ぎたころに知り合った愛書家の気谷誠さんの一言で、本に対する考え方が大きく変わりました。
それは「読書とは五感でするものです」という一言です。文字を目で追うだけではなく、本に触れ、表紙の紙や布や革、本文紙の手触りに心を動かし、表紙の革や本文のインクのにおいをかぎながらページをめくる音を聞く。そして心で文章を味わう。五感のすべてを満足させる資質のある本「ルリユール」との出会いでした。

しかし当時の私にとってまず課題となったのは、どうすればその「ルリユール」を自分の本棚に置くことが出来るのか、でした。2000年頃「ルリユール」は特別な古書店を除くと、街の普通の書店には置いていませんでした。現在のようにネットで探したり、買ったりできる時代でもありません。灰色の脳細胞を働かせてたどり着いた結論は、次のようなことでした。

 

  1. ルリユールするテキスト(本)を見付ける。
  2. そのテキストの内容に相応しい綴じ込む材料を見付ける。
  3. ルリユールを依頼する製本家を見付ける。

そうです、自分でテキストを探し、製本家・造本作家に直接制作を依頼することにしたのです。では、私が依頼方法についてもう少し詳しくお話しましょう。

ルリユールを依頼し完成するまでにはかなりの手間と時間を必要としますので、そのテキストがルリユールするのに値するものであるかどうか、慎重に吟味することが必要です。
テキストが決まったら、本文だけではなく、その著者の署名紙、自筆原稿、挿絵、内容に相応しい版画や蔵書票なども探して、一緒に綴じ込んでもらいます。世界に一冊しかない自分のためのルリユールですから、我儘に、贅沢に造りたいですよね。これを読んでいるあなたも本好きでしたら、そのこだわりをご理解いただけると思います。

テキストが決まり、綴じ込む材料が揃ったら、次はいよいよ誰にルリユールをお願いするか、ということです。我が国には製本を専門としている方はそれほど多くはいませんが、1999年に発足した「東京製本倶楽部」にはプロアマを問わず多くの製本家が会員として登録しています。そして会員が製本した創作ルリユールの展覧会が数年に一回開催されますので、会場に足を運び展示されているルリユールを直接観察することが出来、さらに会場にいる製本家に疑問点などを質問すると丁寧な回答をもらうことも出来るとても良い機会です。私もこの会に入会し、展覧会には何回も足を運び、製本家の方々と親しくすることが出来ました。

材料がそろったら、製本家にルリユールを依頼します。その際、私の場合は自分で選んだ製本家の芸術的センスを信頼し、特に条件は付けません。ただ綴じ込む材料の場所だけは決めておきます。

あとはひとえに完成を待つばかりです。ルリユールは非常に手間がかかりますしとても高いクリエイティビィティを必要としますので、事前に完成予定時期を教えてもらえることはまれです。1年経ち、2年経ち、あるいは5年経っても完成の連絡がないこともあります。

しかし「完成しました」という連絡が来た時の喜びは、一言ではいい表わすことができません。直接製本家から受け取り、その場で包みを開けるときのドキドキ感は、まるで乙姫さまからいただいた玉手箱を開けるような気分です。そして初めて手にし、スリップケースからそっと落ちてくる本体の滑らかな滑り心地を感じ、シュミーズから覗くモザイク革表紙の美しさに触れ、そっとページを開く間に、自分とルリユールだけが存在するような心地になります。普段は味わうことのできない至福の時間が自分の周りに満ち溢れています。とても素晴らしい私だけの愉しい時間です。

このようなとても愉しい経験を独占しては大変申し訳ないという思いから、私が立ち上げたひとり版元の「レイミア プレス」では、製本した本だけではなく、ルリユールを前提とした未綴じ本も頒布することにしています。ただ、未綴じ本を購入する方がみなさんルリユールしているかどうかは定かではありません。中には製本教室に通って未綴じ本をルリユールした、という方がいらっしゃって大変嬉しく思ったことがあります。ぜひルリユールしていただいて、私と同じような愉しい経験をしていただきたいと思っています。

これまで6人の製本家にルリユールをお願いしましたが、すべて素晴らしい出来映えで私は大いに気に入っています。それぞれに特徴があり、その製本家の芸術性、才能、性格などが本を通して感じられるのは大変興味深いものがあります。これからも素敵なテキストに出会い、製本家の方々にルリユールをお願いして、その愉しさを続けてゆきたいと思っています。