本の絵を描く人になりたいと思ったのは、10歳の誕生日のときだった。其日に買ってもらったE.A.ポオの短編集に司修さんの手になる挿絵があった。本の文章を書く職業のあることは知っていたが、本の絵を描く職業もあるはずだということに卒然と思い至ったのはまさにこの時である。

どんな人がこの絵を描いたのだろうか。きっと貧乏な人だ。こんな面白そうな仕事をしてお金をどっさりもらえるような、美味しい話があるわけないではないか。私は裸電球の下、机代わりの蜜柑箱に紙を拡げてカリカリと音を立ててペンを走らせる人の丸い背中を思い描いた。どこからそんなイメージを拾ってきたのだ、私は。ドテラを着せて傍らにラーメンの丼を置けば、昔の漫画にでてくる苦学生ではないか。

10年後、私はデッサンの基礎を知らぬまま無謀にもイラストレーターになろうとしていた。絵が下手だったからうまくいかなかったのだと思う。カット描き程度の仕事を10年ばかり続けた後、首都圏を離れることになったのを機に私はひとまず足を洗った。

中学生の時に「デューラーとドイツ・ルネッサンス展」を観て以来、常に変わらぬ憧れだった銅版画。だが現代版画はあまり好きになれなかった。坂東壯一先生の銅版画を三島の画廊で見て、答えを見つけた気がした。
数か月後、私は銅版画のご指導をお願いし快諾を得た。先生のご専門はエッチングだが、私はビュランをやりたかった。ビュランの修得は1年ぐらいかかると言われた。私は10年ぐらいかかるものと思っていた。2年かけてビュランを習得した。

次の課題はどうやって版画を売るかだ。地元の画廊で個展をやっても知り合いしか来ない。東京で個展をやれば東京の知り合いが来るだけだろう。私は個展をやらずに絵を売る方法はないものかと考え、書票に辿り着いた。家にいて注文が来るのを待っていればいい仕事は私にうってつけのような気がする。だがどうすれば注文が来るのだろうか。

とりあえず作ってみた。名前を入れてない書票を彩色し、タイトルを添える。ルドンの石版画についている長い文学的なタイトルみたいにしたかった。この頃には銅版用プレスの他に小型の活版用プレスも手に入れ、自分で活字を組むこともやっていた。そうしてできたのが2冊目の手造り画集である。栃折久美子さんの『手製本を楽しむ』という本を見て、布貼りのケースも自分で作った。画集を売ると同時に書票の注文を募るつもりだった。

不特定多数の大衆は視野になかった。どうせそんなにたくさん作れない。必然的に不特定少数の選民がターゲットになる。どの程度、少数なのかが問題だ。殆ど反響がない。だが16か月後、ついに選民からメールが来た。私の企みどおり、画集を買うと同時に書票を注文したいといった最初の人物は、江副章之介さんという。この名前にピンときたら書票オタク。私もかねがね銅版画の書票にはいろいろな所で見ていたので、「EZOE」というローマ字には見覚えがあった。一人でいくつもの書票を持っている人が他にもよくいるが、いったい何なのだ、と思っていた。ついに私も書票コレクターという人種に接近遭遇する光栄を得たわけだ。

まずは2種類の画集を見本として送ると、江副さんはそれを書票仲間の忘年会に持って行って、さらに3人分の注文を取り纏めてくださった。結局、私は四氏に各70枚、ただしその内の各10枚は手彩色付きで、という注文をお受けした。合計40枚の手彩色はいささか酷だと思ったが、「作家も顧客満足度を高める努力を怠ってはいけません」という江副さんのお言葉は骨身に染みた。あの時私は帽子を食べろと言われれば食べたと思う。

作品が完成すると、四氏が「林先生を囲む会」を企画してくださった(ただし先生はやめて、林さんにしていただいた)。私が完成した書票を手渡すと、早速、交換を始める様子は、新しいメンコを手にした小学生と変わらない。私は江副さんから「予想以上の出来映えです。これなら顧客満足度200%ですよ」というお墨付きを頂戴した。帰宅して、夫にそれを報告すると、「オマエ、版画家で初のISO取れるな」と言われた。

江副さんはその後も継続して御注文をくださる。ありがたい。だが今度は手彩色、少なくとも20枚は欲しいと言われた。渋々承諾したら、「たいへん我儘な注文をして本当に申し訳ありません」というメールが来たので、撤回するのかと思ったら「楽しみにしています」と書いてあった。遠からず私は本当に帽子を食べなければなるまい。開店特別セールって普通、いつまで続けるものなのだろうか。

それから半年ばかりの内に私はさらに数人の顧客を得てどうやら仕事を軌道に乗せた。本の絵を描く人ではなく本の見返しに貼る絵を描く人になってしまったが、イラストレーターより書票作家の方が私の描いた夢に近い。私は職人になりたかったのだ。こんな面白い仕事をしてお金をもらっていいのだろうかという思いが、いつも心の底にある。

ほら見て。綺麗でしょう。そう言ってソッと開けてみせる、宝石箱のようなものを人に手渡したいと思っている。

林由紀子
初出:『紙魚の手帳』No.36 紙魚の手帳社 2006 掲載「小さな絵 小さな夢」から修正   2021年