蔵書票の愉しみ

蔵書票というのは「この本は私が所蔵しているものです」ということを表すために、
一枚の紙片を本の見返しなどに貼って、蔵書のしるしとしたものをいいます。
発行人流の蔵書票の愉しみ方についてご紹介いたします。

蔵書印をご存知の方は多いと思います。古来中国や日本では石や木などの印材に所蔵者の名前を彫り、書物などに直接押印してその所蔵を表しました。現在でも大学や公立の図書館が所蔵する書物に、この蔵書印が捺されているのを見ることがあります。この蔵書印は所蔵者の名前など文字を主体としていますが、蔵書票は所蔵者の名前だけではなく、格言や紋様、エンブレム、テーマに応じた絵画などが描かれているため装飾性が高まっているように思われます。これが蔵書印と蔵書票の大きな違いです。

蔵書票には本の所有者の名前だけではなく、「だれそれの蔵書から」を意味するラテン語のEx Libris(エクスリブリス)の文字が記されていることが殆どです。しかしわが国では江副蔵、江副蔵書、江副愛書などと記されている蔵書票を見る機会も大変多いようです。言い換えれば、蔵書票には文字は欠かせないわけで、紙片に描かれた絵画と文字のコラボレーションが蔵書票といえるでしょう。

自分の蔵書票をどのような本に貼るか、ということが大きな問題です。自分の大切な蔵書に素敵な蔵書票を貼りたいと思うのは愛書家ならだれもが思うはずです。例えば山岳書に汽車や時計、船や裸婦などがデザインされた蔵書票を貼る勇気を私は持ち合わせていません。山岳書にはやはり山をテーマとしたデザインの蔵書票が最も相応しいと思います。例えばピッケルやカラビナ、ザイルなどの山の道具やランプやラジウス、テントなどの宿泊道具、キスリングを担いだ登山者、山並みなどです。これは一例にすぎませんが、貼る蔵書票とその書籍とがお互い相乗効果が上がるようにデザインすることが大切だと思います。私の場合は昔から愛読しているギリシア悲劇やギリシア神話、現在住んでいる横浜をテーマにした蔵書票を作家にお願いしてそれらの本に貼っています

それでは蔵書票はどのようにすれば入手できるのでしょうか。
方法はいくつかありますが、多くの愛好家は国内外の版画家に制作を依頼しています。蔵書票に描いてほしいテーマ(どの本に貼る蔵書票制作を依頼するか)を決めたら、そのテーマを得意とする作家を探して依頼します。この作家探しは大切であると共に大変愉しい時間でもあります。蔵書票の図版が掲載されている書籍は今ではたくさんありますので大いに参考にすることが出来ますし、インタ―ネットでの検索も大いに有効です。テーマが決まり、作家も決まったら次はいよいよ作家に連絡し、自分の考えをしっかり理解してもらうようにコミュニケーションを密に取る必要があります。すなわち作家との間では蔵書票に描いてもらうテーマ(図柄)、大きさ、紙の質、枚数、署名やエディション番号を入れるか否か、予算等々をしっかり決めなければなりません。これらが決まったらあとは完成を待つばかりです。作家によっては完成までに長い時間を要することになりますが、届いた蔵書票の包みを開けるときのワクワク感は、体験したものでなければ理解できないと思います。

届いた蔵書票を件の書籍にいよいよ貼りましょう。貼る場所は、本の表紙の裏の見返しが一般的です。ただ見返しに何かが印刷されている場合にはほかの場所に貼ることも構いません。書籍自体の美しさを損なわない場所を選んで、自分の好きな所に貼りましょう。貼るときに使用する接着剤は、化学糊よりヤマト糊が理想です。糊を付けるのは好みによりますが、裏面全体に付けて貼る人もいますが、私は裏の上部数ミリに付けて貼り付けます。これで書籍と蔵書票が一体となり、満ち足りた気持ちでいっぱいになります。

さて、蔵書票は作家に依頼しないといけないのでしょうか。いいえ、そうではありません。自分でも作ることが出来るのです。特に版画の得意な方はぜひ自作することをお薦めします。では、版画の得意でない人はどうすればいいのでしょうか。とても簡単です。何も書いていない小紙片に自分の好きな切手を貼り、そこに「江副愛書」などと書くことで世界に一つしかない自分だけの蔵書票が完成します。切手ではなく、グラビア写真などを切り貼りしてコラージュしたものでも十分蔵書票としての役割を果たしてくれます。あるいは自分が撮影した写真にパソコンで文字を入力しプリントしたものでも大いに役に立ちます。いろいろ工夫すれば手軽に蔵書票を自分で作ることが出来るのです。この他、大きな書店や文房具店などには名前の部分だけが空白になっている既成の蔵書票が箱に入れて販売されているので、手軽にそして廉価に入手することが出来ます。

蔵書票はその性格上、所蔵する書籍に貼ることが基本ですが、作家に作ってもらった蔵書票は既に版画作品ともいうことが出来ます。従って、額装して飾ることもできますが、愛好家同士自分の蔵書票と交換する愉しみもあります。今では交換を主体としている愛好家の方が多いでしょう。交換するにはどうしたらいいでしょうか。国内の場合では、日本書票協会が主催する全国大会に会員が自分の蔵書票を持ち寄りお互い交換し合いましたが、現在は開催されていません。しかし協会には多くの愛好家が会員として登録していますので、この人たちとの交換は十分可能ですし、私も実際多くの会員と交換して新しい作家の蔵書票に接する愉しみを味わっています。海外の愛好家との交換はどうでしょうか。日本書票協会も所属している国際蔵書票連盟(FISAE)が2年毎に国際大会を開催しています。これまで札幌(日本)、ペキン(中国)、イスタンブール(トルコ)、ニヨン(スイス)、プラハ(チェコ)などで開催されましたが、会場には多くの国々の愛好家ばかりではなく作家も参加し、蔵書票を交換したり蔵書票制作を依頼したりして大いに交流を深めています。このような愛好家が集う大会などに参加しなくても、今ではインターネットで海外の愛好家や作家のホームページやブログにアクセスすることにより、交換や制作依頼をすることができます。国内外の愛好家や作家とのコミュニケーションは実に愉しいもので、興味のある方にはぜひお薦めしたいものです。

国内外の作家に作っていただいた私の名前が入っている蔵書票をご紹介します。テーマも技法も様々ですが、お愉しみいただければ幸いです。
ところで蔵書票制作技法にはFISAEが認定している下記のような版式略記号があります。
私のコレクションのご紹介でも使用しておりますので、ご参考になさってください。

凹版
C1:彫刻鋼版
C2:彫刻銅版
C3:エッチング
C4:ドライポイント
C5:アクアチント
C6:ソフトグランド エッチング
C7:メゾチント
凸版
X1:板目木版
X2:木口木版
X3:リノリウム版
X4:鉛凸版
X5:亜鉛凸版
X6:プラスティック凸版
写真製版
P1:線画版
P2:網版
P3:グラビア版
P4:輪転グラビア版
P5:コロタイプ版
P6:写真平版
P7:オフセット
P8:写真版
その他
S1:シルクスクリーン
S2:孔版
S3:型染
S4:合羽摺
L:リトグラフ版

参考資料:日本書票協会 編著『書物愛 蔵書票の世界』2002年平凡社、関根烝治「蔵書票への誘い」、山本信之「蔵書票の制作技法」