『蛇 蝎』– the marvelous serpent – 亡月王作品集

『蛇 蝎』– the marvelous serpent – 亡月王作品集

『蛇 蝎』

– the marvelous serpent –

亡月王作品集

亡月王さんの存在は多賀新さんから教わりました。「凄い鉛筆画を描く作家がいる。あの肌のぬめりは誰にも描けない。今個展やっているから是非行くといい」。1997年11月のことです。私は早速渋谷のアートスペース「美蕾樹」を訪ね、壁に架かった沢山の絵を見たのでした。人の身体をしているのですが、爬虫類のような肌を持つ艶めかしい女体が、画廊の壁面から抜け出してくるように感じました。このような鉛筆画を見るのは初めてです。亡月王さんは「肌理こそが命」とばかりにきめ細かい、気が遠くなりそうな絵を超硬質の鉛筆で描いています。画家のこの気持ちが私の脳天を刺激します。この時から西村さんとのおつきあいが始まりました。

亡月王さんはそれまでに描いた作品を纏めて画集を出す計画をしていましたが、なかなか作品を撮影してくれる人が見つかりません。そのような話を聞いたので、カメラマンの末弟に相談すると「ボランティアでやってあげる」と快く引き受けてくれました。これには亡月王さんは大喜びで、末弟の勤務先のスタジオに作品を持ち込み撮影し、無事に2001年に『蛇蝎』は500部限定で発行されました。私はいつの日かこの本をルリユールすることを考え、未綴じ本を譲ってもらいました。

ルリユールを依頼するにあたり製本を誰に依頼するかが大問題です。私は2000年6月の「東京製本倶楽部ルリユール展〈美しい本〉」会場の北沢ギャラリーで、自作本を丁寧に説明してもらった近藤理恵さんのことが頭に浮かび、お願いすることにしました。それと折角ルリユールするので亡月王さんに新たに鉛筆画を描いてもらいそれを口絵として綴じ込もうと考え、お願いすると快諾してもらいました。

亡月王さん、近藤理恵さんそして私の3人は新宿の喫茶室で造本について数回打ち合わせをして出来上がったのがこのルリユール本です。表紙の赤と黒の血管のような突起模様と赤い綴じ糸、そして亡月王さん自ら作って表紙に貼り付けた魔除けの護符がとても印象的です。完成した本書をまじまじと見た亡月王さんは、自分でも一冊所蔵したい気持ちがむらむらと沸き上がりました。後日自分用を近藤さんに依頼したとかしなかったとか、詳細は定かではありません。

原本仕様
・著者:西村亡月王
・発行者:川島徳絵
・発行所:アトリエOCTA
・作品撮影:江副良介
・印刷所:富士美術印刷㈱
・サイズ:h304×w216×d15mm
・発行部数:500部
・出版年:2001年3月

ルリユ―ル  : 近藤理恵
・ルリユ―ル綴じ込み作品:西村亡月王による鉛筆画
・仕様:総革装
・製本形態:プラ ラポルテ
・綴じ:赤革紐の支持体に赤の綴じ糸
・表紙:背は赤カーフ革、平は黒仔牛革。
・デコール:とじ紐から表紙の突起模様が動脈のように続く。この動脈は著者のデッサンによる。平に著者による護符を貼り付け。
・見返し:黒色の紙
・はなぎれ:コワフ
・サイズ:h307×w215×d20mm
・夫婦函:外布、内スウェード貼り h321×w235×d35mm
・制作年:2003年

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『満 潮』『満潮挿絵集』

『満 潮』『満潮挿絵集』

『満 潮』『満潮挿絵集』

マンディアルグ著『満潮』は、翻訳者・生田耕作さんの書き入れ本を手に入れたことから、挿画を描いたアルフォンス イノウエさんの蔵書票を綴じ込んでルリユールしてもらおうと考えました。せっかくなので本書の挿絵のオリジナル版画も入れたいと、神戸のアトリエにアルフォンスさんを訪ねました。すると本に掲載している挿絵はオリジナル版画を縮小しているため本文と一緒には綴じられないことが分かりました。アルフォンスさんと色々お話ししていると、本書掲載の挿絵のほかに未収録作品が多数あることがわかりました。私はその話を聞いた途端に、未掲載分の版画とルリユールの巻頭を飾る肉筆画や蔵書票も制作してもらうという計画が、めらめらと頭の中に浮かびました。そして失礼を顧みず、早速その計画をお話ししアルフォンスさんの了解を得ることが出来たのです。このようなことがあっていいのだろうか、というワクワクした想いを胸に帰路についたのでした。それから待つこと数年、アルフォンスさんは約束に違わず13点の版画だけではなく1点のコラージュ、そして手彩色ペン画と本文余白にはペン画まで描いていただいたのです。こんな素晴らしいことはありません。嬉しくて天にも昇る気持ちでした。早速私はこれらを製本家の大家利夫さんのアトリエに持参して、『満潮』『満潮挿絵集』の二冊本として仕立ててもらうこととしました。これらの本のためにアルフォンスさんに作っていただいた私の名入りの銅版画手彩色蔵書票が巻頭を飾るのはもちろんのことです。この企画は3年以上前に大家さんに相談し、色々助言を頂きながら準備を進めてきたものです。

落ち着いた灰色の空に浮かぶ雲と、アルフォンスさんの作品によく出てくる不思議な多角形がモザイク技法で嵌め込まれた表紙は、何度見ても飽くことがありません。『満潮』と『満潮挿絵集』は最強の二冊です。

『満 潮』
原本書誌
・著者:A.P. ド マンディアルグ
・訳者:生田耕作
・挿絵:アルフォンス イノウエ
・発行者:広政かをる
・発行所:奢灞都館
・発売元:牧神社
・発行部数:1500部
・出版年:1974年4月20日ルリユール : 大家利夫
・綴じ込み作品:アルフォンス イノウエによる蔵書票とペン画各1葉
・サイズ:h178×w140×d15mm
・スリップケース:h184×w145×d26mm
・制作年:2006年

『満潮挿絵集』
ルリユ―ル : 大家利夫
・綴じ込み作品:アルフォンス イノウエによる蔵書票、肉筆手彩色ペン画各1葉、オリジナル銅版画13葉、  オリジナルコラージュ1葉
・著者:アルフォンス イノウエ
・サイズ:h218×w168×d18mm
・スリップケース:h225×w175×d27mm
・制作年:2006年

Photo

『満潮』

『満潮挿絵集』

『PISEN PISNI』

『PISEN PISNI』

『PISEN PISNI』

1995年春、小平市鷹の台駅前の松明堂ホールで、版画家の柄澤齊さんの著書『銀河の棺』刊行記念の木口木版画展が開かれ、柄澤さんと詩人の渋沢孝輔さん、装幀家の高麗隆彦さんの3名による「詩・版画・装幀」と題した座談会が催されました。私はこの会場で大家利夫さんに初めてお会いしました。紹介してくださったのは武者統夫さんです。武者さんは限定本、特装本、ルリユ―ルに大変造詣の深い方で、書物に関する私の先輩です。

座談会のあとのパーティもそこそこに、大家さんは初対面の私を自宅兼アトリエに連れて行ってくれました。そして自分が製本した多くの作品を前にして、武者さんと限定本の装幀について話をしていましたが、私はお二人の話を夢中になって聴いていました。話の中には私が知らないことがとても多く、目から鱗が落ちる内容がたくさんありました。

その中で一番印象に残ったのが、大家さんの「本は自分でつくるものだ」という言葉です。「自分でつくる」とはどういうことなのか、その後しばらく考えましたが、自分なりに結論付けたのが、「自分で製本できなければ、自分の好きな本の製本を企画して、専門家に造ってもらえば良いんじゃないのか」ということでした。

以前から蔵書票を通して交流のあったオランダのJohan Souvereinさんから、1994年に譲ってもらっていたスロバキアの版画家Albin Brunovskyさんのオリジナル版画3葉が入った豆本『PISEN PISNI』の製本を、大家さんにお願いすることとしました。彼は個人的な製本依頼は受けないと聞いていましたが、思い切ってお願いしたところ、快く引き受けていただきました。どのくらいの期間で出来上がったのか、今では忘れてしまいましたが、手のひらにのる可愛くて、そして素晴らしい本として出来上がってきました。2003年秋東欧旅行でスロバキアはブラチスラバを訪れた際この本を持参し、この街に住んでいる故Brunovskyさんの奥さんに見せたところ、「なんて可愛くて素敵な本なんでしょう。私欲しくなってきたわ!」と、とても怖いことを言いながらも絶賛していただきました。私の自慢のルリユール第一号となりました。     (『黄金の馬車』書肆啓祐堂 Vol.12 Apr.2006を一部修正)

・著者:Jaroslav Seifert
・発行:LYRA PRAGENSIS
・出版年:1992年
・発行部数:200部
・綴じ込み作品:Albin Brunovskyによるオリジナル銅版画3葉
・サイズ:h105×w76×d10mm
・スリップケース: h110×w78×d13mm