林由紀子 作品集

 11.『ペルセポネー 回帰する植物の時間』-

2020年は林由紀子さんの銅版画蔵書票集『プシュケの震える翅』を発行してからちょうど10年目という節目の年に当たります。そこでその後制作した蔵書票はもちろん、銅版画、鉛筆画、ペン画など林さんの全貌を知ることができる作品集を出そうと計画しました。出版計画書(案)を作って三島へ赴き、林さんに提出したのが2017年5月のことです。この時は、林さんだけでなくギャラリーCasablancaの勝呂希枝子さんも一緒に、いつものうなぎ店で昼食をとった後、林さんのアトリエに向かいました。
今回の作品集に掲載する作品を見せてもらったところ、作品貼り込み帖にある作品は、その全てに手彩色が施されていて大変驚きました。『プシュケの震える翅』収載の蔵書票にも、もちろん手彩色がされていましたが、まるで別の作品のように思えました。当初、『プシュケの震える翅』に掲載した蔵書票は省く予定でしたが、これらの手彩色を見たら、再度掲載したいという欲望に駆られました。林さんの愛好家も、これらの手彩色蔵書票を見たら喜ぶことは間違いないと確信し、すべての蔵書票を掲載することにしました。
これらのほか、貼り込み帖にある銅版画作品もほとんどが手彩色されていて、大変見ごたえがありました。ふとアトリエ内を見渡すと、林さんがイタリアで買ってきたスケッチ帖が目に入ったので何気なくページを開いてみると、そこにはたくさんの花々が色とりどりに描かれていて、とても美しいスケッチ集でした。これらのスケッチの花々は、林さんが作品を生み出す源泉ではないかと思われ、これもぜひ掲載したいと思いました。ただ、かなり大量だったので勝呂さんと一緒に1ページずつめくりながら掲載スケッチを選んでゆきました。
こうして掲載作品の一部は決まりましたが、個展やグループ展に出展した鉛筆画やペン画の記録や画像がほとんど残っていません。画廊を通して所蔵者を特定し掲載許可をもらいましたが、すべての作品の所蔵者を特定することはできないばかりか、中には画像はあるものの肝心の作品が行方不明というものもあり、結局全作品掲載は断念せざるを得ませんでした。ただ、林さんを通してお願いした伊豫田晃一さんと栁原翔さんから寄稿してもらうことができたのは僥倖でした。さらに林さんがこれまで各方面に書いた原稿の再掲載許可も全て得ることが出来、次第に内容が固まってきました。
掲載作品が決まった時点でページの割り振りを行ったところ、白紙のページや余白の広いページが出てきました。これらのページを埋めるために林さんに急遽挿画とカットを依頼しました。すると、あっと言う間に手彩色鉛筆画8点とペン画9点が送られてきました。いつものことですが、林さんの愛好家や版元に対する素早い対応は「職人」を自認するだけあってその潔さに感じ入りました。これらの作品を中扉や章扉等にレイアウトすると、本文の紙面が美しく映え、また本全体が引き締まってきました。
B版の表紙と見返しは新たに描いたペン画と鉛筆画で、どちらも良い出来映えです。林さんの好みで表紙は茶系の、見返しは青系の紙に印刷することにし、3種類の紙で試し刷りをし、決定しました。
さあ次は製本工程だという段階になって、表紙が本文内容とどうもしっくりこない感じがして仕方がありませんでした。ペン画の細かい線が見えてはいるのですが、どうしても表紙の茶系色に負けて鮮明に見えてこないのです。そこで林さんに表紙のペン画に手彩色してもらい、白系の紙に印刷し直してもらいました。送られてきた試し刷りの表紙を見ると断然こちらの方が素晴らしく、これに決定しました。手間暇が掛かりましたが、気になることをそのままにしてしまうわけにはいきません。お蔭で本文内容に良く合った、美しい表紙になったと自負しています。
B版の製本については、白系の色の表紙にしたことで汚れが目立つ恐れがあるため、保護ビニールをかけることにしました。また、本を収める函(スリップケース)については、縁の部分を、ひらの板紙が薄くなるようにヤスリ掛けをすることで、本を包み込む形になるよう仕上げてあります。そして天地の厚み部分も、丸背の形に沿うように縁部分を丸く型取ってあります。通常、この形にする際は、縁部分に革を貼って包むのですが、経費の関係で紙を使っています。革ならある程度伸びるので貼りやすいのですが、紙はまったく伸びないので、きれいに貼って仕上げるのが難しかったと、恩田さんが話していました。
こうして、本書には林さんが1997年から2019年までに制作した蔵書票(154点)、銅版画(71点)、鉛筆画・ペン画(32点)のほか、イタリア製の手漉きノートに描かれた植物画を全ページカラー印刷で掲載しています。本書の記事は和文、英文併記とし翻訳は蔵書票愛好家の阪本政仁さんにお願いしました。
B版の製本が終了し、いよいよA版(特装版)の製本に取り掛かることとなりました。今回の特装版は最近あまり見かける機会の無い装幀で提供しようと恩田さんと相談しました。林さんがマーブルが大好きなことを考えて、表紙はもとより見返しと三方(天、地、木口)すべてをマーブルでやってしまおう、という大胆な計画です。これを実行するには恩田さんの技術に期待するしかありません。恩田さんが帳簿製本の職人であることを考えると、きっとこの期待に応えてくれると確信していました。
A版を予約した方々には自分の好みのマーブルパターンを選定してもらうために、恩田さんに前もって14種のパターンを染めてもらいました。予約者は、表紙、見返し、三方のマーブルをその14種の中から選んでいただきました。この本には5点の手彩色銅版画ばかりではなく、27点の鉛筆水彩画の中から選んでいただいた1点の水彩画も一緒に綴じ込んであるので、まさにこの世に2冊と無いマイ オンリー ブックが出来上がりました。
マーブル紙造りのお話しを恩田さんにお聞きすると、素人ながら本当に大変な作業だったことがわかりました。暑い夏にはきりりと引き締まったマーブル模様が出来ないために、暑さを避けた秋以降の作業となります。それと予約者の皆さんの好みに応えようと、特装版25冊のために200枚上のマーブル紙を制作した、ということでした。感謝です。
印刷がすべて終了した後、本書未掲載の作品がたくさんあることが判明しました。このままでは版元として納得いきませんでしたので、銅版画、鉛筆画、水彩画、ペン画など68点を掲載した『補遺集』を作成しました。この『補遺集』は多くの方々のご協力によってやっと完成いたしました。
なお本書のB版は、日本書籍出版協会と日本印刷産業連合会が主催する第54回造本装幀コンクール(2021年6月審査)において、日本印刷産業連合会会長賞、印刷・製本特別賞を受賞し、表彰状と楯をいただきました。これはひとえに印刷を担当した中野コロタイプの布下創一郎さんを初めとしたその道のプロフェッショナルな方々と、製本を担当した堅牢な帳簿造り三代目職人の恩田則保さんの、この本にかける情熱としっかりとした技術力の賜物だと、版元としましては大いに感謝している次第です。これからも美しい本造りを進めてゆきたいと改めて思ったことでした。

Photo

A版

B版

C版

A版仕様

  • 大きさ:22.0×19.0cm
  • 装幀:平マーブル半革(コーネル)装幀、見返しマーブル紙、三方マーブル染、B版の表紙と見返し及び『補遺集』を綴じ込み、函入り
  • 背タイトル:箔押し
  • 綴じ込み作品:オリジナル手彩色新作銅版画5点、鉛筆画1点
  • 翻訳:阪本政仁
  • 印刷:中野コロタイプ
  • 製本・製函・箔押し・マーブル紙制作:恩田則保
  • 発行部数:限定25部
  • ISBN:978-4-909796-01-1 C0071
  • 頒布予定価格:196,000円(税込)
  • 頒布予定時期:2022年秋

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B版仕様

  • 大きさ:22.0×19.0cm
  • 装幀:丸背紙装幀、函入り
  • 本体背・函タイトル:箔押し
  • 翻訳・印刷:A版に同じ
  • 製本・製函・箔押し:恩田則保
  • 発行部数:限定250部
  • 発行日:2020年7月1日
  • ISBN:978-4-909796-02-8 C0071
  • 頒布価格:36,000円(税込)

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発売中

C版仕様

  • 大きさ:26.0×21.5cm
  • 装幀:表紙で包まれた未綴じ本、見返し・『補遺集』付き、函入り
  • 表紙背・函タイトル:箔押し
  • 翻訳・印刷・製函・箔押し:B版に同じ
  • 発行部数:限定25部
  • ISBN:978-4-909796-03-5 C0071
  • 頒布予定価格:32,000円(税込)

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