10.『Alphonse Inoue WORKS CATALOGUE RAISONNÉ』

敬愛する3名の作家の蔵書票集を出版することが出来たので、いよいよ作品集の出版に取り掛かることにしました。まずはアルフォンス イノウエさんの作品集です。

アルフォンスさんがこれまで制作した銅版画、水彩画、鉛筆画、ペン画、年賀状など可能な限りすべてを収録した作品集にしたいと思いました。これはアルフォンスさんも全く同じ考えでしたので、二人とも大いにやる気が出てきました。

レイミア プレスがワイアートと共同出版した『夢の半周』印刷版をアルフォンスさんが見て、「この印刷は実にきれいに出来ている」と話されていたことを思い出したので、印刷は岡山の中野コロタイプを第一候補とすることにしました。そこでワイアートギャラリーオーナーの樋口佐代子さんに紹介してもらい、レイミア プレスでこれまで出版した書籍を持参して、岡山に中野コロタイプを訪ねました。そして私が掲げる3つのモットーについて説明し、私の本造りに関する考え、気持ち、購読者の望みなどとともに美しい本を出版したい旨を話したところ、充分理解してもらいましたので、心強い気持ちで帰宅しました。

印刷所は決まりましたが肝心の製本を誰に頼むかという大きな問題が残りました。今回はオリジナル銅版画7点を綴じ込むA版、1点を綴じ込むB版、普及版としてのC版、未綴じ版の4種を出版する計画です。

A版の製本は、『ユメノユモレスク』特装版をお願いしたfrgmの一員である羽田野麻吏さんに是が非でもお願いしようとアトリエを訪ねました。2017年11月のことです。今回は一人で30冊の製本を担当することになるために、羽田野さんからはすぐには返答をいただけませんでしたが、翌2018年4月に特注色の革や染め紙の制作スケジュールなど再度綿密な打ち合わせをしました。そして大変嬉しいことに、2020年東京オリンピック・パラリンピック開催前に納品する、ということで引き受けてもらうことが出来ました。
羽田野さんからは進捗状況の報告をたびたびいただきました。製本に取り掛かる段階で少し問題になったのが、アルフォンスさんの版画紙です。版画は薄い雁皮紙に刷られ、それを厚手の版画紙に貼った状態で届いていますが、その版画紙が少し波打っているのです。1枚、2枚を綴じるのでしたらそのままの状態でも問題ないのですが、まとめて7枚綴じるとなると版画紙の波打ち状態が目立ってしまいます。そこで羽田野さんから「波打ちを解消したい」との連絡が入りました。美しく仕上げるにはやはり水張りしかなさそうです。200枚を超える手彩色入り版画の水張り作業にはかなりの手間が掛かりそうですが羽田野さんにお願いすることにしました。その結果、版画を全く損ねることなくきれいに波打ちが解消されていました。このような所にも羽田野さんの「美しい本を造りたい」という真摯な思いを強く感じました。

B版、C版、未綴じ版については、色々考えあぐねていた折に、東京製本倶楽部のワークショップが江東区大島の篠原紙工で開催され、私も参加しました。たまたま旧知の田中栞さんと谷口里香さんもいて、帰路田中さんから「今から帳簿製本の職人さんに会うけれど、一緒に行きませんか」と誘われました。以前、田中さんから、しっかりした帳簿製本の技法について話を聞き興味を持っていたので、2人に同行することにしました。そうして訪ねたのが恩田則保さんの製本所です。恩田さんは帳簿製本3代目職人ということで、自分を「職人」と呼んでいます。祖父から手ほどきを受けながら札幌へ修行に行き、現在は1人で製本を業としているとのことでしたが、その話は面白く、また実に真面目に取り組む骨のある職人だということが感じられました。手作業による丁寧で頑丈な本造りは大いに魅力的です。2018年9月のことです。
その後10月と11月に恩田製本所を訪問したほか、翌年3月には東京製本倶楽部主催のマーブル制作ワークショップが恩田さんを講師として企画されたので参加しました。通常、製本家はマーブル染めにまでは手を出そうとしませんが、こうした分野にまで新たに挑戦しようとする恩田さんの人となりをさらに深く知る貴重な機会となりました。そして次第に、今後の製本は恩田さんにお願いしたいという気持ちが強くなりました。愉しい本造りをするには誰と一緒にやるのが良いかと考えた結果、恩田さんと一緒にやろうと決心したのです。

これでやっとすべての版種の製本についての私の心配が解消しました。

次に解決しなければならないことは、英詩、仏詩の翻訳の著作権です。今回は原詩の他に訳詩も掲載しますので、翻訳者の許可を得る必要があります。この対象者は10名となります。著作権の保護期間は、わが国では著作者の没後50年となっています。没後50年を過ぎた人は2名ですから残り8名の方に連絡を取る必要があります。8名の著作権者もしくは著作権継承者について詳しく調べた結果、連絡が取れた方、既に鬼籍に入られている方、住所がわからない方などまちまちでした。著作権者や著作権継承者、日本文芸家協会などからおおむね掲載の許可を得ることが出来ましたが、2018年9月に始めたこの調査は、残念ながら4名の方々と連絡がつかないままで2019年1月、印刷終了直前に終わりました。ご協力いただいた関係者には大いに感謝いたしております。

作品集企画を本格的に進めるため、アルフォンスさんを神戸に訪ねたのは2018年7月12日のことです。アトリエには中野コロタイプの古市久志さんが来ていて、掲載する作品のチェックをしていました。アルフォンスさんと私は古市さんの車で作品を携えて岡山に行きました。印刷所では窓口の古市さんから画像監修の布下創一郎さんと本文入力・デザイン担当の坂井洋子さん、佐々木朋子さんを紹介されました。事前にアルフォンスさんと共に目次、作品レイアウト、作品リスト、活動年譜など内容をまとめていましたので、それらが入っているUSBを渡し、とにかく船出をすることができました。

それから数か月して初校刷りが届きました。作品のレイアウトはアルフォンスさんに任せて私はもっぱら和文と英文の文章チェックを行いました。前回の蔵書票集と同様、アルフォンスさんの色刷り、レイアウトへのこだわりは相当なものでした。アルフォンスさんから送られてきた修正入りの校正紙を見ると、大きな用紙に刷られた校正紙を自分で裁断し、本のように綴じた状態にして校正されていました。このように綴じるのはかなりの時間を要したはずですが、「本の状態にしなければ、レイアウトは思い通りにできない」というアルフォンスさんの強いこだわりが感じられました。この仮綴じ本には、『蔵書票カタログレゾネ』の時と同様に、それこそありとあらゆるページに細かい指示が書き込まれていました。このような校正刷りの遣り取りが何回も繰り返えされましたが、印刷所の担当者はかなり鍛えられるだろうなと思うほどでした。

今回の作品集では、アルフォンスさんの2人の友人に協力をお願いしました。ぜひ掲載したいと考えた書影の撮影をカメラマンの生田浩さんに、表紙デザインと日夏レイさんの詩集『シメール』掲載作品のデータ処理を花房秀行さんにお願いしました。

書影の撮影はアルフォンスさんの友人宅の広い居間を借りて、アルフォンスさんと私が持ち寄った書籍を1冊1冊生田さんがテーブルの上に乗せ、事前にアルフォンスさんが描いていたレイアウトに沿って配置しライティングを整え、撮影しました。デジタルカメラを使用したので、1冊の書籍を何回も撮影し合成して作成した画像もありました。今の撮影技術の進歩は私の想像をはるかに超えています。そうしてアルフォンスさんも満足する大変素敵な書影が完成したのでした。

表紙のデザインは花房さんにお願いしましたが、前作の蔵書票集の表紙と同様、アルフォンスさんの作品をコラージュしたデザインとなりました。これはアルフォンスさんの希望によるものでしたが、私も大いに賛成しました。

本書はアルフォンスさんがこれまでに制作した銅版画、水彩画、鉛筆画、ペン画、年賀状など235点の作品と書影をカラー印刷し、全作品のリストを掲載した英文併記のカタログ レゾネです。翻訳は林由紀子さんの『プシュケの震える翅』と同じ畏友井上清紘君とロンドン在住のM.R.氏にお願いしました。

今回の「カタログ レゾネ」には2つの特徴があります。
1つは、全ページにわたってアルフォンスさんが自らレイアウトしたことです。1ページ1ページ、作家の目が紙面の隅々にまで行きわたっています。もう1つは、アルフォンスさんが愛読するイギリスやフランスの詩や小説から湧いてきたインスピレーション、制作のきっかけとなった様々なエピソード、作品に対する強い思い入れなどが、作家自らの手で綴られていることです。つまり本書は、手に取った読者がアルフォンスさんの作品世界に直接触れることが出来る贅沢な1冊となっています。

Photo

​A版

B版

C版

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A版 仕様

  • 大きさ:27.0×22.0cm
  • 製本仕様:綴じ付け製本、総革装、角革装(平マーブル)
  • アルフォンス イノウエによるオリジナル銅版画7点を綴じ込む
  • 製本:atelier CORYLUS 羽田野麻吏
  • 革:山羊革タンニン鞣し特注色
  • 表紙マーブル紙:ジェンマ ルイス
  • 見返し・スリップケース染め紙:佐々木久美子
  • 箔押し:中村美奈子
  • 翻訳:井上清紘、マレー ローゼン
  • 印刷:中野コロタイプ
  • 発行部数:限定30部
  • 発行日:2020年1月29日
  • ISBN:978-4-9906508-6-5 C0071
  • 頒布価格:302,500円(税込)

在庫状況

完売

未綴じ版 仕様

  • 大きさ:29.5×24.0cm
  • 製本仕様:未綴じ、函入り
  • 製函:恩田則保
  • 発行部数:限定30部
  • 発行日:2019年1月29日
  • ISBN:978-4-9906508-9-6 C0071
  • 頒布価格:33,000円(税込)

在庫状況

完売

B版 仕様

  • 大きさ:27.0×22.0cm
  • 製本仕様:糸かがり綴じ、丸背布平紙装幀本、函入り
  • アルフォンス イノウエによるオリジナル銅版画1点を綴じ込む
  • 製本・製函:恩田則保
  • 発行部数:B-1、B-2、B-3それぞれ限定30部
  • 発行日:2019年1月29日
  • ISBN:978-4-9906508-7-2 C0071
  • 頒布価格:63,250円(税込)

在庫状況

完売

C版 仕様

  • 大きさ:27.0×22.0cm
  • 製本仕様:糸かがり綴じ、角背平紙装幀本、函入り
  • 製本・製函:恩田則保
  • 発行部数:限定300部
  • 発行日:2019年1月29日
  • ISBN:978-4-9906508-8-9 C0071
  • 頒布価格:41,250円(税込)

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